新世代中華ピアノ「長江」に迫る

ピアノメーカー

はじめに

6月29日にピアノ部門の決勝を終えたチャイコフスキーコンクール。
結果と選択したピアノメーカーは以下である。

第1位 - Sergei Davydchenko (ロシア):YAMAHA
第2位 - George Harliono (イギリス):YAMAHA
   Angel Stanislav Wang (アメリカ):YAMAHA
   Valentin Malinin (ロシア):STEINWAY&SONS
第3位 - Stanislav Korchagin (ロシア):STEINWAY&SONS
     Ilya Papoyan (ロシア):YAMAHA
第4位 - Suah Ye (韓国):STEINWAY&SONS
    Xuanyi Mao (中国):YAMAHA

今回は政治的な背景もあり、ピアノ部門も例外なく参加者の母数が少なかったことに加え、入賞者にロシア勢が多…はさておき、今回は結果ではなくあえてコンクールに使われた「ピアノ」に注目したい。

謎の中国製ピアノ「長江」とは

今回の決勝入賞者にはヤマハとスタインウェイが圧倒的だったが、1次、2次の中国人参加者を中心に選ばれた名前の聞きなれないピアノがあった。

「長江」である。

「長江」公式YouTubeチャンネルより

長江は中国発の世界的ピアノブランドで、前回の2019年大会、そして今回の2023大会の2年連続でチャイコフスキーコンクールに出場を果たした。

実はこの「長江」、ブランドの創業は2009年である。
20年足らずで何故ここまでの急成長を遂げられたのか。理由を考えてみよう。

まず考えられるのは「中国ブランド」として国から支援を受けていることだ。
現在中国は共産党の一党独裁体制であるため、国を代表するような大企業には国からの”サポート”も手厚いだろう。中国出身のファイナリストは今回長江を選ばなかったが、セミファイナルまでの中国系参加者に長江を選択した者が多かったこと、そしてそれ以外の国の出身者が選択しなかったことはやはり政治的なサポートによるものが大きいと考えられる。

しかし、世界的コンクールに出品されるピアノである。

楽器自体のクオリティの高さも急成長の理由のだろう。次項ではこのクオリティの高さ、そして「どのようなピアノなのか」について深堀りしてみたい。

ジェネリック・スタインウェイ?

さて、長江はどのように出来上がるのだろうか。

今回取材をしたわけでも実物に触れたわけでもないので集めた情報のみでの考察となるが、「スタインウェイと作られ方が近いのではないか」という結論に至った。

長江の公式HPを見てみよう。

スタイリッシュな印象の「長江」公式サイト。タップして閲覧できます。

まず「長江」というブランドの成り立ちについてだ。

このブランドはいきなりできたわけではなく、前身・親会社に「パーソンズミュージックグループ」という、香港に拠点を置く巨大音楽企業がある。パーソンズミュージックグループは1986年に創立し、中国全土に100以上のチェーン店と80の音楽教室を運営する楽器・楽譜販売の大手なのだ。楽器販売業務の中で既存のピアノブランドや部品メーカーとのコネクションを強くしていき、自社ブランド販売に漕ぎついたと見てよいだろう。

次にスペックを見てみる。

ブランド奥行(cm)横幅(cm)重量(kg)新品価格(円)
長江(CGF-X1)275157.1560¥20,859,048(人民元から計算)
STEINWAY&SONS(D-274)274157500¥26,818,000
YAMAHA(CFX)275160485¥23,100,000

重量にバラつきがあるとはいえそこまでの違いはないが、価格がスタインウェイに比べるとリーズナブルなことに驚く。

しかし、「パーツ」に注目してみたところ、面白い発見があった。
例えば日本国内トップシェアであるYAMAHAのコンサートグランド、CFXといえば全工程を自社生産する、というのが特徴的だ。

しかし長江は、

・ハンマーがルイス・レンナー社(ドイツ)製
・鍵盤がクラヴィアトゥーレン・クルーゲ社(ドイツ)製
・響板がアラスカ産スプルース

ということを公表しており、上の2社はそれぞれ2009年、1999年にスタインウェイ社に買収され、スタインウェイのアクション(内部の音を出すための仕組み)と鍵盤はそれぞれこの企業が担当している。
また、スタインウェイの響板もアラスカ産プルースでできている。

レンナー社HP
クルーゲ社HP
アラスカに生育するスプルース( FAIRWOODより)

さらにスタインウェイと深く関わる一文を見つけた。

長江の親会社であるパーソンズミュージックグループは、Grotrian-Steinweg(以下、グロトリアン社)を2015年に買収、そしてWilh.steinberg(以下、スタインベルク社)の大株主であるというのだ。
グロトリアン社はスタインウェイの前身、いわばアメリカに来て「スタインウェイ」と名乗る前に技術者が属してしたドイツブランドである。
※スタインベルク社は特別スタインウェイと関係があるわけではないが、現在スタインベルクの技術者による指導で、スタインベルクのピアノと長江のピアノは同じ中国工場で作られている。

以上のことから、長江は完全は自社ブランドというよりは、既存の有名ブランドのパーツ、技術者、素材を使用し、ある種の「いいとこどり」として作られた、少々スタインウェイ寄りのピアノと予想できる。また、OEMの考え方を大きく利用したブランドとも言えるだろう。

「良いピアノブランド」とは

2019年にはじめてチャイコフスキーコンクールに出品した長江に関して、スタインウェイ社の調律師がコメントしている有益なインタビュー記事があったので、以下引用する。

——— 今回新たに中国の長江というピアノが加わりましたが、どう感じていますか?
新しいピアノが出てくるのはいいことだと思います。でも、それはユニークな楽器であるべきだと私は思います。このピアノがもっとユニークなものになってきたらいいなと思いますね

——— つまり、スタインウェイを追いかけたものではなく…?
はい。スタインウェイのピアノのコピーのようで、ユニークさがまだあまり感じられませんね。そこから抜け出した時の音を聞いてみたいです。

ソーシャルゲーム、スマートフォン、ファッションブランド…近年、身の回りのありとあらゆるものに中国ブランドが参入している。少し前の「中国産だから…」とは言えないクオリティで。

しかし、世界で戦うには”レベルが高い”だけでは物足りない。過去の名だたる音楽家が愛したピアノがそれぞれ異なったように、愛されるには「オリジナリティ」が必要だ。

長江の今後に期待しよう。

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